生島ヒロシ「セ・パ両ハラ」から復帰もTBSラジオ社長会見に滲む怒り
事実上の出禁…被害者感復帰報告も火に油
3/28(土) 11:30配信
約1年2か月ぶりに復帰する生島ヒロシ(C)ピンズバNEWS
TBSラジオの林慎太郎社長が3月25日に同局内で行なわれた定例会見で、フリーアナウンサーの生島ヒロシ(75)が4月から文化放送で復帰することについて言及した。
“手を股間に…”生島からのセクハラ被害を訴えたビューティーアドバイザーの美人女性
2025年1月27日、生島は1998年から担当してきたTBSラジオ『生島ヒロシのおはよう定食/一直線』を突如として降板。降板はコンプライアンス違反が原因で、あと5回で放送7000回の節目を迎える直前のことだった。
生島は生放送中、スタッフに厳しい言葉を浴びせたほか、インターネット上に掲載されていた不適切な画像を送信し、女性スタッフから「大変不愉快」との指摘を受けるなど、セクハラ、パワハラ両方の行為があったとされる。
その後、生島は芸能活動を自粛。ボランティア活動などに従事したのち、約1年2か月ぶりに4月5日よりスタートする文化放送『生島ヒロシの日曜9時ですよ〜』(日曜午前9時)でパーソナリティーを担当することが発表された。
報道陣の質問にTBSラジオの林社長は《(生島本人からの連絡は)ありません》と回答。今後のTBSラジオへの復帰については《現時点ではありません。これまでも本人から要望はありませんが、話があったときはその都度考えます》とコメントしている。
「長年やっていたTBSラジオの番組のスタッフへのセクハラとパワハラですからね。そして今、テレビ・ラジオ各局はコンプラ遵守を徹底していっているわけですから、林社長は《(本人からの復帰要望)話があったときはその都度考えます》としましたが、生島さんのTBSラジオへの復帰はつゆほどもないでしょう。林社長は、生島さんから連絡がないことも明かしていましたが、自社のスタッフを傷つけたことへの怒りも感じられますよね。
生島さん自身もTBSラジオに復帰できるとは思ってはいないでしょうが、TBSラジオ内も彼への怒りに満ちているといいますし、事実上の出禁とも聞こえてきています。だからこそ、生島さんは文化放送にアプローチしたのではと言われていますね」(芸能プロ関係者)
生島の復帰の舞台である文化放送の田中博之社長は3月17日の定例会見で、25年6〜7月頃に知人を介して生島と会ったと回顧。「生島さんサイドから“ラジオ番組をやりたい”という希望があった。思った以上に深く反省をされていた印象」を受けたとし、「いろんなご意見は出ると思う。そのような声は真摯に受け止めていかなければいけない」と語った。
「文化放送で番組が決まったのは、生島さんサイドが文化放送に頼み込んだからという話が聞こえてきています。
約1年2か月ぶりのラジオ復帰まであと1週間という生島さんですが、復帰を前に復帰報告インタビューにも応じていましたが、主に語っているのが自分のことばかりで、被害者への配慮があまり感じられず、さらなる物議を醸すことになってしまいましたよね」(前同)
■「被害者ぶってる」“復帰インタビュー”に批判殺到
3月17日配信の『オリコンニュース』の記事で、生島は降板当時のことを《今まで経験したことのないショックでした》などと振り返り、《自分の人生でやってきたことが、全部否定されたような気持ちになりました》と心境を明かしていた。
そんな生島の支えとなったのが番組で長いつき合いのあった元順天堂大学医学部附属順天堂医院・天野篤院長の奮起を促す言葉だったとし、ラジオの降板から半年、ボランティア活動に参加するようになり、能登半島では炊き出しの現場などに従事。
気仙沼では震災後の子どもたちの活動を支えてきた生島だが、被災地を励ますつもりだったが、逆に自分が生きる気力をもらえたと振り返っていた。
「メインで語ったことは、自分の気持ちや自粛期間に何をやっていたかということばかり。被害者への謝罪やセクハラ・パワハラで辛い思いをさせた番組関係者への贖罪などはほとんどなく、なんなら、生島さんが“被害者なのかな?”という印象すら受けるような内容でしたね」(前出の芸能プロ関係者)
生島の復帰報告記事を受け、
《この年代に有りがちだが、自分は被害者やと思ってる》
《なぜか被害者っぽく語る生島ヒロシ》
《生島ヒロシの活動再開は早い。被害者ぶってるあたり、過ちを繰り返す。反省が足りない》
といった厳しい声が寄せられた。
「復帰を前に、深い反省を伝えたかったのだと思われますが……結果的には火に油を注ぐ形となり、世間は総スカンといった様相ですよね。
生島さんはラジオの大ベテランで、腕前は一流。長年のファンもついているでしょうし注目度は高いですが、文化放送の新番組『日曜9時ですよ〜』を成功に導くのは、そう簡単なことではないでしょうね」(前同)
強い逆風からの再スタートとなる生島。4月5日開始の『日曜9時ですよ〜』で生島は、何を語るだろうか——。
ピンズバNEWS編集部
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なぜトランプ大統領を議会は罷免できないのか、民主的な憲法が独裁者を生み出すという盲点、民主制が持つ大きな欠陥が今、世界を覆っている
的場 昭弘 : 神奈川大学 名誉教授
2026/03/01 10:30
2026年2月24日、議会での一般教書演説を行ったあとに退場するトランプ大統領(写真: 2026 Bloomberg Finance LP)
有名な小話がある。それは猫とネズミの話だ。
猫の恐怖に悩まされたネズミが名案を思いつく。それは猫に鈴をつければ、いつでも猫が来ることがわかり、逃げられるというものだ。しかし、大きな難点に気づく。それはどのネズミが猫に鈴をつけるかという問題である。猫は鈴をつけようとする猫を食べてしまうに決まっているのだ。
この話は、どんな名案にも大きな盲点があるという教訓の話である。
猫とネズミの関係
われわれの社会は法治国家で、法によって厳しく守られている。しかし、それはあくまでも「誰もが法を守るだろう」という前提があるからだ。しかし、もし法を無視する極めて暴力的な人物が出てきたらどうか。そしてその人物が、法の罰則規定で規制できないほどの力を持っていたら容易に取り締まることはできないということなのだ。猫とネズミの関係はまさにそうだ。猫はネズミの法を力で破るからである。
とはいえ、われわれの現代社会は文明化された社会である。だからそうした人物など現れようもないはずだ。しかし、巨大な権力をもつ世界の政治家を見渡せば、どう見ても、そうだと言い切れない。相次ぐ不合理な戦争の出現は彼らのせいであると考えざるをえないのである。
石破茂前首相が防衛庁長官になったとき、ある問題に気づいた。それは、日本の周りには、非理性的な国があるということに気づいたのだ。石破茂は、『国防』(新潮文庫、2011年)という本を書いたことがある。
「リアリスト」(現実主義者)という言葉があるが、彼はこの本の中で自らを徹底したリアリストであると認めている。リアリストとは、今おかれている現状からものごとを判断する人物のことだ。
石破首相が防衛庁長官であった2002年から04年といえば、イラク戦争、北朝鮮のミサイル実験の頃であった。巷では、アメリカの単独支配が話題であった。
アメリカの一極集中に抵抗する勢力は、北朝鮮をはじめとしてテロ国家と名指しされていた。話し合いの余地のない国際法を無視するテロ国家には、抑止力は効かない。だから武力行使もやむをえないという世論が盛り上がったのも当然であった。
法治国家の弱点に気づいた政治家
イラクやイラン、そして北朝鮮がテロ国家ならば、この議論には一理ある。テロ国家に対して民主主義による抑制が働けばいいが、そうでない以上、武力衝突はありうるのだと。
“テロ国家”北朝鮮の動向は気になる。北朝鮮がミサイル攻撃をすれば、防御の意味で相手のミサイル基地を先制攻撃する必要も生じてくる(『国防』159ページ)。「攻撃は最大の防御なり」のたとえで、こうして限定付きながら先制攻撃の必要性が出てくる。当時は中国やロシアの脅威は今ほど叫ばれてはいなかった。しかし、今は2つの国もこの中に入っているといえる。
当時の石破氏は、ある意味、法治国家の弱点に気づいたといえる。それは、どんな国際法もそれを順守するものの存在を前提としているが、そうしたものがいない場合どうなるのかという、ある種の盲点に気づいたのだ。
今回2月に行われた衆議院総選挙で、国民による高市政権支持も、まさに現実的脅威という不安によって生み出されたものだともいえる。だから、周りの非理性的だと喧伝される国家への強気の姿勢を示す人物と党に投票が集中したのは、当然だったかもしれない。
実はこれと同じ問題に、海の向こうのアメリカも遭遇している。もちろん非理性的国家への脅威ではなく、非理性的大統領への脅威である。大統領がもし非理性的な狂人であったらどうなるのかという問題だ。
この種の議論は、けっして今に始まったものではない。すでにフランス革命当初から出現している。憲法の為政者の暴走を食い止める条文をつくっても、為政者はそれを踏みつぶし、独裁への道を歩むという問題だ。
ロベスピエール、大ナポレオン、小ナポレオン、いずれも共和制憲法の中から生まれた。大統領の執行権力を強化すれば独裁が進み、逆にそれを弱めれば、国家自体の衰退を生み出す。
議会と執行権力との対立という永遠の問題
民主主義国家は、今もこの問題に悩まされている。それならば権力を無化するため執行権力を廃止するようなアナーキーな国家を作ればいいが、そうなると秩序を保つ者がいなくなる。逆に完全に議会のロボットとなる大統領を選出すれば、議会が大統領となるが、執行権は混迷に陥る。だから議会は執行権力を担う大統領に、権力を移譲しなければならないのである。
議会と執行権力との対立の問題は、永遠の問題といえる。今アメリカで起こっている問題は、議会が憲法の規定によって大統領の弾劾と追放を可能にしえるのかどうかという問題である。
アメリカの憲法の規定によると、大統領の執行権力は制限されている。つい最近もアメリカの最高裁判所による判決が出た。関税は議会が決定するのであり、大統領にその権限はないとされる。これはアメリカ憲法の第1条8節1項にある。
また戦争遂行に関しても、その決定は大統領ではなく、議会にあることが第1条8節11項に規定されている。
ところが、トランプ大統領が2025年に始めた関税政策は、これらの憲法に違反しているにもかかわらず遂行され、依然継続しているようにも見える。またベネズエラへの電撃作戦は対外戦争とも思われるが、議会でいまだ議決を受けていない。対日戦争でさえしっかりと議会で議決されていたのだ。
憲法を見る限り、完璧である。アメリカ大統領は、以下のように憲法に従って処罰される規定ができているのだ。大統領の権限を扱う第2条4節には「大統領、副大統領および合衆国のすべての文官は、反逆罪、収賄罪またはそのほかの重罪および軽罪につき弾劾され、かつ有罪の判決を受けた場合、その職を免ぜられる」(『世界憲法集』宮沢俊義偏、1983年、45ページ)とある。
なぜトランプ大統領を議会は罷免できないのか
すでに前回の大統領時代において2度の議会の弾劾決議を受けているトランプ大統領には、首の皮一枚で決定を免れたという苦い過去がある。今回はこれで3回目である。
しかも、「エプスタイン問題」というスキャンダラスな問題もある。現代版セレブがつくったハーレムは、アメリカのみならず世界に衝撃を与えている。トランプはエプスタインの友人なのだ。しかし、このように違法行為だらけであるにもかかわらず、トランプ大統領を罷免することは困難を極めている。それはなぜか。
1922年、ドイツの政治学者カール・シュミットは『政治的神学』(権左武志訳、岩波文庫、2024年)の中でこの問題を鋭く指摘している。冒頭にこうある。
「主権者とは、例外状態に対し決定する者である」(11ページ)
これはまさに憲法にとって大きな逆説である。憲法では主権者は国民であると規定されているのに、戦争などの危機的状況である例外状態においては、主権は国民ではなく、決定を下す大統領あるいは首相であるというのだ。
確かに、緊急事態において国民がなんらかの決定を下すことは不可能である。例えば敵が侵攻した場合、それについて議会で議論するというのでは手遅れになる。緊急時の議会決定は事後的にならざるをえない。では誰がそれを決定するのか。それは執行権をつかさどる大統領あるいは首相である。
シュミットはこう述べている。
「憲法はせいぜい、緊急事態において誰が行為するのを許されるかを挙げられるのみである。この行為がいかなる統制にも服していないならば、つまり法治国家的憲法の実務におけるように、この行為が相互に阻止し均衡しあう様々な機関に何らかの仕方で配分されていないならば、だれが主権者なのかは即座に明らかになる。主権者が、極端な緊急事態は存在するのかについても決定し、緊急事態を除去するため、何をすべきかについても決定する。主権者は、通常の現行法秩序外部に立ちながら、現行法秩序の内部に属する。というのも、彼には、憲法を全体として停止できるか否かを決定する権限があるからだ」(13ページ)
緊急時には神のようになる指導者
これはある種、神学的議論である。神はわれわれ人間世界の外にいて、外からわれわれを規制する。中世において流布した「王権神授説」なるものは、国王が神の命を受け、外からわれわれを縛ることを意味していた。
しかし今や、国王はいくつかの国で存在するものの、ほとんどが国民主権の民主社会である。われわれと同じ普通の人間が大統領に選出されるのだ。だからその意味で、大統領はわれわれの仲間の一人である。しかし、緊急時にはその大統領は仲間ではなくなり、神のような存在に変貌し、われわれを無視しえるのである。
仮に大統領が通常人とは違う、無法者であったらどうであろう。彼は、自らを守るために緊急事態を自前で用意し、憲法制度を無視することができることになる。
なるほど、ベネズエラのマドゥロ大統領を拉致し、関税を示威的に引き上げ、議会や裁判所に高圧的な態度で接する大統領は尋常な人物とはいえない。しかし、問題はそこにはない。彼の人格が問題ではないのだ。むしろ完璧に見える民主憲法の持つ主権には、大きな盲点があるということが問題なのだ。
かつてフランスのルイ・ナポレオン大統領(1808~1873年、大統領在任1848~52年)は、再選を認めず辞任を強制する憲法に対しクーデタをしかけ、憲法を反故にして皇帝に上り詰めた。この第二共和政憲法は、大統領の任期を1期に限っていたが、狡猾な大統領は憲法そのものを破壊してしまったのである。
しかしこれは遠い過去の話ではない。同じフランスでマクロン大統領は、自らの首をかけて議会を解散し、その結果政権与党の座を失ったにもかかわらず、あいかわらず大統領に居座っているのだ。
民主主義が機能不全を起こしたのだろうか。それとも、かつてのローマ共和制のように、民主制はその機能の欠陥により独裁を導き出す運命をもつのだろうか。
法と秩序による世界はどうなるのか
ただ今アメリカで起こっている問題は、他山の石ではない。戦後われわれ社会が形成してきた法と秩序による世界がまさに死ぬか生きるかの瀬戸際にいるということなのだ。
トランプが大統領の座を簡単に下りず、戦争などによって緊急事態を生み出して憲法を停止すれば、大統領弾劾など無意味なものとなる。アメリカでの最高裁、議会と大統領の対決は、いま戦後世界の運命を決める天下分け目の天王山であることは、忘れてはなるまい。
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超音速ミサイルが暴いた「絶対防衛」の虚構 矛も盾も弱体化しつつあるアメリカ軍事力の行方
3/28(土) 11:00配信
東洋経済オンライン
超音速ミサイルが暴いた「絶対防衛」の虚構 矛も盾も弱体化しつつあるアメリカ軍事力の行方
高校の漢文の教科書に必ず出てきた有名な話がある。それは矛と盾を売る2人の商人の話だ。どんな盾でも貫く矛(ほこ)とどんな矛からも守る盾(たて)の話で、これが正しければ2人のどちらかがうそをついていることになる。これが「矛盾」ということばの起源である。ヨーロッパでいえば、は「クレタ人のうそつき」となる。
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これは攻撃と防御についてもいえる。イスラエルはミサイル防衛網、いわゆる「アイアンドーム」を30兆円もかけて敷設した。絶対に打ち破れない盾というわけだ。しかし、完璧なものもすぐに時代遅れになる。イランは、超音速のミサイルを開発し、迎撃ミサイル網を破壊してしまったのである。
■完璧な軍事力は存在するのか
今起こっているウクライナ戦争とイラン戦争を見ると、まず言えることは「軍事において、永遠に相手に優越する武器を持つことなどできない」ということだ。日本はアメリカから完璧なミサイル防衛システムを膨大な国税を支出して買おうとしているが、これほど無駄な話はない。
百歩譲って完璧な防衛ミサイルがもしありうるとすれば、それは相手のミサイルより前に先制攻撃をすることである。しかし、これはもはや防衛ではなく、攻撃となる。
完璧な軍事力を維持しようとすると、武器の開発は果てしなく続くことになる。そして膨大な税金がそこに投入され、敵の攻撃を受ける前に、経済的に破産の憂き目に遭うのである。
現にミサイル価格も高騰していて、1発100万ドルを超える。今まで見くびっていた後進諸国がそれを、数万ドルでつくってしまうとすれば、撃ち合ったら戦争で敗北する前に財政破綻してしまうかもしれない。
さらにそんなミサイルを運用するためには高度なレーダー網や衛星、通信システムというインフラが必要であり、膨大な予算はそのインフラのためにも投資される。もしこれらインフラ一つでも破壊されれば、肝心の迎撃ミサイルは機能しなくなるのである。
アメリカの空母がホルムズ海峡から1000キロメートルも離れていたのは、2分以内にミサイルを探知しなければ撃沈されるからである。100億ドルを超える空母も、形無しなのだ。
アメリカの政治経済学者であるフランシス・フクヤマ(1952年〜)が、イラク戦争でまごついているアメリカを称して「ゲリラ戦に適さないアメリカ軍」とかつて述べたことがある(『アメリカの終わり』講談社、2006年)が、今ではミサイル戦に不慣れなアメリカ軍という表現が適当かもしれない。
■「ミサイル戦」に不慣れなアメリカ軍?
戦後長い間弱い相手とだけ戦ってきたアメリカが、はじめて本格的な相手と戦っているのが今回のイラン戦争だが、陸上に敷設されているアメリカ軍のレーダー装置を破壊されれば、攻撃も簡単ではないということを思い知ったはずである。これはウクライナ戦争の教訓でもある。
その意味でアメリカは、ゲリラ戦への適応能力で敗れたベトナム戦争に継ぎ、今度はミサイル戦の時代に後れをとってしまったのかもしれない。
すでにアメリカ軍の将校は、このことを政府に訴えていた。軍事予算は多いが武器の開発には注がれていないと。予算規模と一見華やかに見える10隻を超える空母は、張り子の虎だということかもしれない。
要するに絶対的攻撃能力という自信の上であぐらをかいていたということになる。戦争には用意周到な準備と時が必要である。戯れに希望的観測だけで戦争してはならないのだ。
戦争がもし大統領の個人的な恨みから起こったらどうなるか。アメリカ憲法の創案者の1人であるアレキサンダー・ハミルトン(1755〜1804年)は、そのことを懸念して著書『ザ・フェデラリスト』のなかでこう述べている。
「諸国民の間の敵対の原因は限りがない。集団的社会には、全体的かつほとんど絶えず謀略を行う者がいる。この中に、権力への愛、あるいは支配と優越への欲望、権力への嫉妬、あるいは平等や安全への欲望をもつ者がいる。一方でそうした人たちの中で等しく影響力をもつのだが、それらを制御する者もいる。これが、商業国家相互の競争と対抗心である。そして両者以上に、少なからずいるのが、自らが成員であるコミュニティーにおいて、私的情念、指導者への献身、敵意、利益、恐怖にその本性をもつ者である。こうした種類の人間は、王様であろうが庶民であろうが、多くの場合、自らへの信頼を乱用してきた。そして公的目的という口実のもと、個人的利益と個人的名誉のために国民の安寧を犠牲にすることに恥じらいを持つことなどないのである。有名なペリクレスは、一人の売春婦の不満によって、彼の国民の血と財産の多くを犠牲にして、サムニウム人を征服し、破壊したのである」『ザ・フェデラリスト』第6章、拙訳)
巨大化するアメリカへの恐れを抱いたハミルトンは、未来にトランプ大統領のような者が出現することをすでに200年以上前から予想していたのだ。
フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』という書物は、ある意味、誤解された書物である。ソ連東欧の崩壊の後、アメリカによる資本主義の勝利、民主主義社会の勝利を喧伝するための書物というレッテルが貼られてしまったことが、この本の重要な視点を見誤らせてしまったためだ。
■『歴史の終わり』にあるフクヤマの本音
実は悲観的なフクヤマは、民主主義という歴史的終焉には保留をつけているのだ。それはこの社会が、人より優れているという自負、すなわち人間のもつ「優越願望」、力への意志を、うまく制御すること、すなわち人に役立つように昇華させることができる限りにおいてであると。
優越願望を持つ人間を権力の虜にさせない方法は、商業社会にある。彼らを政治権力という力の世界から商業社会に向かわせることで、政治に無関心にさせ、彼らの暴力を消滅させうるからである。フクヤマはアメリカのような民主主義社会の特徴を、こう述べる。
「このような野心家を生涯にわたって経済活動に縛りつけておけるというのは、民主政治の長期安定にとっても決してマイナスではない。それは、こういう人々の築いた富が経済全体をうるおすせいだけではなく、その当人たちを政界や軍隊から締め出しておけるからである。政治や軍隊に手を染めると、彼らは自国での刷新や海外での冒険をもくろむまでおちおち休んでいられなくなってしまうだろうし、そのために国家にとって悲惨な結果を招く恐れもあるのだ」(新版『歴史の終わり』(渡辺昇一訳、三笠書房、下巻230ページ)
まさにハミルトンが恐れたことがここにある。トランプのようなビジネスの成功者は、多くの場合野心家でもある。もしそうした人物が政治の世界に目を向けたらどうなるか、政治は彼の個人的願望の犠牲になるだろう。
2021年に出版されたイギリスのジャーナリストであるアンドリュー・コクバーンの『戦利品:権力、利益、そしてアメリカの戦争機構』(Andrew Cockburn, The Spoils of War: Power, Profit and the American War Machine, Verso, 2021、未邦訳)という書物の序文で、このハミルトンの言葉が引用され、腐敗したアメリカの状況、とりわけアメリカ軍の内実が抉(えぐ)りだされる。
コクバーンは、同書でけっして野心的大統領について語っているわけではない。むしろここ最近のNATO(北大西洋条約機構)による東方拡大と軍事産業の拡大について語っているのだ。その背後には野心的政治家と軍事産業との結びつきによって生まれる軍拡競争がある。タイトルに戦利品とあるのは、次のような奇妙な逆転現象から名付けられている。
■爆撃機とブーツ:戦場で見られる逆転現象
序文に朝鮮戦争のアメリカ軍兵士の話がある。圧倒的に優位な爆撃機に膨大な資金を投入するアメリカ軍の兵士が、冬の戦争中、敵の兵士が塹壕に残していたソ連製の防寒ブーツを見つけて狂喜して喜んだという。巨大な生産量を誇るアメリカは、高度な武器開発に割く予算はあっても、冬用の防寒靴に割く予算はなかったのだ。
巨大な生産力のアメリカと弱小な北朝鮮、極めて非対称である。しかし、こと兵士の日常的防寒具に関しては、逆の非対称が生じていたのである。
現在、圧倒的に優位だといわれるアメリカ軍の武器能力にも、同じような非対称が存在している。ミサイル能力、しかも超音速ミサイルである。
2018年にロシアはこれを完成させた。この恐怖の兵器に対し、アメリカはミサイル防衛網に莫大な予算を投じたというのだ。
まさにどんな盾をも射貫く超音速ミサイルに対し、そうした矛に耐えうるミサイル防衛網の開発に莫大な予算をかけたというのである。同時に超音速ミサイル開発にも莫大な予算を計上したのだが、今のところ、この分野では後れているという。しかもドローン生産の80%を中国が占める中、ミサイルとドローンに関する限り、アメリカの軍事的優位性は低下している。
しかもこれらの生産価格は、アメリカと比較にならないほど安価だという。現に数百ドルのミサイル攻撃を、100万ドルのミサイルが打ち落とすという非経済的不均衡が生じている。
しかし問題は、「なぜこのような事態に至ったのか」である。アメリカの国家予算はほぼ1000兆円に達し、軍事予算はその10%にすぎないかもしれないが、それでも日本の国家予算と同額であり、世界最大の軍事国家である。世界の軍事予算を半分を占めているともいわれるアメリカが、なぜこうした不均衡に陥っているのか。
その原因の1つが、野心ある政治家にとってアメリカ国内が、自らのあり余る優越願望を昇華させる場所でなくなったからである。
■軍事的優位に経済的優位をも失いつつあるアメリカ
巨大な財政赤字による国家予算は、膨大な国債発行(累積約40兆ドル)によって成り立ち、慢性的貿易赤字と企業の海外移転と資本投資によって部品や原料などを海外に依存する経済体質は武器の生産にも波及し、武器の開発を諸外国に依存するという体質によって武器の価格は高騰している。
それでも可能であったのは、IMF(国際通貨基金)によるドル体制、軍事的支配があったからだ。しかし今回のイランへの攻撃は、イランの反撃を生み出し、防衛システムという守りを破壊した。王様は裸であったことに気づかされたのである。
しかしイラン問題は、ウクライナ問題と同様、戦争という枠を超えている。軍事的優位のみならず、経済的優位についても反撃を生み出しているからである。
国際通貨としてのドル体制が崩壊すれば、アメリカは一挙に破滅的国家へと変貌することになる。そのカギは、石油とドルだ。その余波は、遅かれ早かれ、日本を含む西側諸国に波及するだろう。
的場 昭弘 :神奈川大学 名誉教授
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20歳の娘は同級生に強姦され、殺害された…「顔が紫色になって、そこで眠っていました」 女子高専生殺害事件 母親が語ったこと・前編【2025年度 話題の記事】
3/28(土) 6:08配信
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BSS山陰放送
山陰放送
【 2025年度にBSS山陰放送が配信したニュースの中から反響が大きかった記事を振り返ります。以下は、2025年11月3日配信の記事を再構成し掲載したものです。】
【写真を見る】幼少期の家族の様子…歩さんを懐かしむ中谷さん
「私は、二十歳の娘を殺人事件で亡くした母親です」
約150人の高校生を前に、静かな口調でそう語り始めた一人の女性。
山口県防府市在住の中谷加代子さん。
19年前、当時20歳の娘を殺害された、被害者遺族です。
若者たちに命の尊さを伝えるため全国各地で講演活動を行う女性が語った、「生きることの意味」とは?
■待望の女の子…「絶対に嫁にやらん」愛されて育った娘の記憶
10月8日、江津市にある石見智翠館高校で開かれた「命の大切さを学ぶ教室」。
講演のタイトルは「歩と生きる」――「歩」は、中谷さんの娘の名前です。
中谷加代子さん
「『歩』という名前には、一歩一歩自分の道を歩んでいってほしいという願いを込めました」
中谷さんの家族は、夫婦と子ども2人。歩さんと、1つ上の兄がいました。
「歩は昭和61年、1986年6月、お兄ちゃんに続いて生まれた待望の女の子です。
歩が生まれたばかりの時、お父さんは男の人なんでね、あぐらをかいてその上に乗せるようにちっちゃい歩を抱っこして、『絶対に嫁にやらん』と言っていました」
幼い頃は引っ込み思案だったという歩さん。
すぐ中谷さんの後ろに隠れてしまうような、恥ずかしがり屋の女の子でした。
■「いってらっしゃい」と手を振った…平凡な日常が崩れ去った日
そんな歩さんはすくすくと、たくましく成長し、隣の市にある工業高等専門学校(高専)に通う学生になりました。
歩さんの兄が大阪に出ていたため、地元の防府市役所に勤める中谷さん夫妻と共に、3人で幸せに暮らしていました。
2006年8月28日。
歩さんが高専5年生の夏休みが終わる直前の朝。
中谷さん夫妻は、高専の研究室に行く歩さんを駅まで送りました。
中谷加代子さん
「駅の手前の交差点で歩の後ろ姿に『いってらっしゃい』と手を振って、歩は元気に出かけて行きました」
その日、いつもと違う庁舎で仕事をしていた中谷さん。
夕方、自分の席に戻ると、机の上に夫からのメモが置いてありました。
「メモには『歩が学校で倒れた。だから迎えに行ってくる』と書いてあって。朝元気で行ったのに、どこか顔や頭を打ってないといいけどと心配しながら、すぐに夫に電話しました」
何度かかけ直してようやく通じた電話。
しかし、中谷さんの夫は言葉を発しませんでした。
問い詰めて、ようやく口にした言葉は――「歩が死んだ」。
■「歩であるはずがない」…変わり果てた姿の娘と対面
信じられない思いで家で待っていた中谷さん。
そこへ、歩さんの友人から「歩のことがテレビで報道されている」という連絡が入りました。
テレビをつけると、画面の上部に歩さんの死を伝える速報テロップが流れていました。
「これだけ大騒ぎになっているから誰か死んだのかもしれない。
それはもしかしたら高専の学生かもしれない。
でもそれが歩であるはずがない。
そう思っていたから、早くそれを確認したかった」
ようやく歩さんと対面できたのは真夜中のことでした。
警察署の敷地内にある小さな建物に案内されると、そこにあったのはネズミ色の大きなビニール袋。
一部分に白い布がかけられていました。
「刑事さんがその布を取りました。その瞬間まで、どうか別の人であってと祈っていました。
でもそこには別の人ではなく、歩がいました。
顔の色が紫色になって、そこで眠っていました」
中谷さんは必死に呼びかけました。
「歩ちゃん、起きにゃ。歩ちゃん、早く起きて。もう起きる時間なんよ」
しかし、歩さんは目を覚ましませんでした。
「首から下はビニールに入っているから、抱き抱えることも手を触ることもできなくて、ただただほっぺたを触りました。柔らかかった。
その柔らかかった感触、今でも忘れたくなくて、自分の足とかをこう触ってみて『ああ、こんな感じだったよね』と、その時の感触を取り戻そうとします」
なぜ娘は変わり果てた姿になってしまったのか…
警察による捜査が始まりました。
【後編】
愛する娘は首を絞められ、強姦され、殺害された
2006年8月28日。
「歩が死んだ」――夫から信じられない知らせを聞いた中谷さんは、警察署で変わり果てた姿となった娘と対面しました。
中谷加代子さん
「歩ちゃん、起きにゃ。歩ちゃん、早く起きて。もう起きる時間なんよ」
そう呼び掛ける中谷さんに、歩さんはこたえませんでした。
「親は子どもが助けてと言ったら、どれだけ離れていても聞こえるものだと思っていました。でも私には聞こえなかった。
私には歩を助けることができませんでした」
事件前日、歩さんは同級生の男子学生からパソコンのソフトについて教えて欲しいとメールで頼まれ、「ちょうど学校に行くからいいよ」と返信していたといいます。
そして事件当日、朝から学校に行き、友人と話をした後、歩さん一人で研究室に向かいました。
そして…。
中谷加代子さん
「歩がパソコンに向かっているところを犯人は後ろから手で首をしめ、さらにビニールの紐で何重にも巻いて、歩をしめ殺しました。
歩は苦しかったと思います、それを取ろうと抵抗したようです。
その後、犯人は歩を強姦して、性的な暴行をして、研究室のドアに鍵をかけて逃走しました。」
歩さんの友人たちは彼女と連絡が取れないことを心配し、探し回りました。
そして、電気が消え鍵がかかっていた研究室で、倒れている歩さんを発見したのです。
警察は、歩さんの同級生だった当時19歳の男子学生に殺人容疑で逮捕状を取り、その後全国に指名手配しました。
「どうして歩を殺したのか」
その答えを知りたいと願った中谷さん。
しかし、それが叶うことはありませんでした。
「本当のことを話してほしい」…叶わなかった願い
事件から11日目。
容疑者が山の中で首を吊って自殺しているのが発見されました。
中谷加代子さん
「生きて本当のことを話してほしい。罪を償ってほしい。そしたら少しは歩の供養になるかもしれない。
…そう思っていた私たちの願いも叶わなくなりました」
大切な娘を突然奪われた中谷さん。
どこにいても、寝ても覚めても、涙が止まらなかったといいます。
「買い物にも行けなかった。
遠くのデパートに連れて行ってもらった時、地下の食品売り場にベビーカーに乗った男の赤ちゃんがいたんです。
その赤ちゃんを見た時に、『あ、男の子じゃん』と。
『この子も大きくなったら何するかわからん』と、そう思ったらもう背中がぞわっとして…赤ちゃんなのに、怖いと思ったんです。
精神的にはどん底に落ち込んで、昼も夜もなくなっていく、そんな時間を過ごしていました。」
心に深く傷を負った中谷さん。
それでも、警察や弁護士、高専の先生、歩さんの友達、職場の同僚など、多くの人に支えられたと言います。
「声をかけてもらったり、歩のエピソードを色々聞かせてもらったり、慰めのお手紙をもらったり。
中には家に来られて、玄関で黙って立って一緒に泣いてくださる方もありました。皆さんのその言い方とか表現というのは色々です。でも、そのあたたかい気持ちは十分伝わってきました」
一方で、中谷さん夫妻の元には誹謗中傷の手紙や電話もあったといいます。
「親の育て方が悪かったんだろう」
「女の子なのになんで高専なんかに行かせたんだ」
「売名行為だ」
そんな、心ない言葉をかけられることもありました。
中谷さんは事件が起きた原因について様々なことを考えました。
「命の教育がもっとされていたら、歩は今でも生きていたのかもしれない。そんな思いで私は今、学校でのお話や、矯正施設で加害者に直接語りかけるという活動を始めました」
中谷さんは事件が起きた原因について様々なことを考えました。
「命の教育がもっとされていたら、歩は今でも生きていたのかもしれない。そんな思いで私は今、学校でのお話や、矯正施設で加害者に直接語りかけるという活動を始めました」
命の意味を問い直す日々
事件から19年経った今、中谷さんは「命の大切さを学ぶ教室」の講師として全国を回っています。
そして、命とは何か、生きる意味とは何かを伝え続けています。
中谷加代子さん
「私は元々そういうことを考えるような人間じゃなかったんです。現実的な教育ママでした。
歩に『お母さんは点数だけ取っていたらいいよね。お母さんってそういう人よね』と言われたこともあります。
でも大切な歩を亡くして、たくさんの方に支えていただいて、人が死ぬとか生きるとかを正面から考えてみて、『本当に大事なものを間違えて生きてきたのかな?本当に大事なものから目をそらして生きてきたんじゃないのかな』と思いました」
今伝えたいこと―「生まれてきてくれてありがとう」
歩さんの将来の夢は建築士になることでした。
高専卒業後は、熊本の大学に編入することも決まっていたといいます。
講演を聴いた生徒たちは…
生徒は
「あたりまえだと思っていた学校生活とか、家族となにげない対話をすること。中谷さんはそれが理不尽にこわされてしまった。
自分の日々の生活を大切にしていきたいなと思いました。しっかり感謝の気持ちを持って接していきたいなと思いました。」
「普段生きてることにありがたみを感じて日々過ごしているわけではなかった。この話を聞いて、改めて今、普通に人と喋って楽しく過ごしたりできていることに感謝の気持ちを持って、周りの人も大事にしながら、生きていけることにありがたみを感じて過ごしていきたいなと思いました。」
「命の大切さを学ぶ教室」は、島根県内では毎年15校で開催されており、石見智翠館高等学校では今回が4回目となります。
講演の最後、中谷さんは生徒たちにこう訴えかけました。
中谷加代子さん
「皆さんは、そこにいるだけで価値があるんです。
皆さんに伝えたいと思います。
生まれてきてくれてありがとう。
生きてそこにいてくれて本当にありがとう」
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